2015年に改正労働安全衛生法が施行され、企業において、労働者のメンタル不調の一次予防を強化していくためにストレスチェックが義務化されるようになりました。ストレスチェックでは、労働者の心理的な負担の程度を把握し職場環境の改善に活かしていきます。まだ導入されたばかりの制度であるため現場の産業保健師は試行錯誤を繰り返しながら、ストレスチェックの運用に励んでいます。
そこでこのページでは、今、産業保健師の中で話題となっているストレスチェックについて、活用のポイントを紹介させていただきます。
これから産業保健師になろうと考えている方、またすでに産業保健師として働かれている方も、ぜひ参考にしてみてください。
目次
1.ストレスチェックが義務化された背景
2.産業保健師がストレスチェックを実施する流れ
3.産業保健師にとってのストレスチェックのメリット
まとめ:産業保健師は誰よりもストレスチェックを理解する必要がある
1.ストレスチェックが義務化された背景
ストレスチェックが義務化されたのには、以下のような背景があります。
- 年間自殺者数の増加
- 高水準で推移する精神障害の労災認定者
- 労働の「質」をアセスメントする必要性
このような背景を踏まえ、厚生労働省では企業全体がメンタルヘルス対策を促進する必要性があると判断し、ストレスチェックの「義務化」に踏み切ったのでした(ただし、従業員50人未満の企業に関しては「努力義務」となっています)。
年間自殺者数の増加
日本の年間自殺者は年間3万人とも言われており、これは世界基準でみても「異常事態」です。また自殺は日本人の死因「第6位」であり、企業で活躍が期待される中高年世代が自殺者全体の6割を占めています。自殺企図については「健康問題」「経済・生活問題」が大半を占めており、続いて家庭問題や勤務問題が挙げられています。
不治の病などとは異なり、自殺は周囲のサポート次第でいくらでも防げることです。ストレスチェックによって、危険信号を出している人を早めにピックアップすることができれば、自殺防止の足掛かりになることは間違いないでしょう。
高水準で推移する精神障害の労災認定者
「うつ病」を代表とする精神障害の労災認定者は、毎年高水準で推移しています。厚生労働省の調べによれば、精神障害の労災支給決定件数は、平成25年度が436件・平成26年度が497件・平成27年度は472件でした。
労災支給が決定されるほどの「うつ病」になってしまうと、正直なところ、職場復帰が非常に難しくなってしまうこともあります。ストレスチェックによって「軽度のうつ状態」である時から早めに対策を打つことができれば、精神障害の労災支給決定件数を減らしていくことにも繋がるでしょう。
労働の「質」をアセスメントする必要性
これまでは「長時間労働」ばかりが問題視されていましたが、労働者のメンタル不調には、そういった量的な問題以外に労働の「質」も要因になっていることが分かりました。職場環境や、パワハラをはじめとする人間関係また自信の素質とは合わない業務を行うことが、労働者のメンタル不調をきたしていたのです。
そこで、このストレスチェックによって、労働者が具体的にどのような理由でメンタル不調をきたしているのか把握し、企業診断に役立てる方針となったのです。
2.産業保健師がストレスチェックを実施する流れ
ストレスチェック実施の大まかな流れは以下の通りです。
衛生委員会で調査審議
↓
労働者にストレスチェックの周知
↓
ストレスチェックの実施
↓
ストレスチェックの結果を収集・分析
↓
結果を労働者に通知
↓
高ストレス者面談・職場環境の改善アプローチ
一連の流れを経て、メンタルヘルス不調を抱える労働者への早期アプローチ、また職場環境全体の改善を行っていきます。それでは、それぞれの段階ごとのポイントを見ていきましょう。
衛生委員会で調査審議
ストレスチェックの運用は、衛生委員会での調査審議から始まります。その際、衛生委員会では以下の項目において調査・審議するよう定められています。
- ストレスチェックの実施体制・実施方法
- ストレスチェックに関する社内規定
- ストレスチェックの趣旨・社内規定を労働者へ周知する方法
- 2回目以降の場合、前回のストレスチェックの改善
これらをスムーズに進めていくためには、産業保健師が委員会の中心となって積極的に参加者から意見が出るよう、働きかけていく必要があります。
「ストレスチェック制度実施マニュアル」に目を通しておこう
委員会前開催には、参加者全員が宏世労働省から出されている「ストレスチェック制度実施マニュアル」に目を通しておけば、効率的に議論を交わすことができます。
委託業者の選定は重要事項
最近では、ストレスチェック業務を受注する業者も増えてきており、もし自身の企業が外部の業者に委託する場合、衛生委員会のメンバーで慎重に検討する必要があります。なお、委託業者の選定については「苦労した」と答える産業保健師も多いため、売り込みにくる業者に対し、しっかりとヒアリングを行い、できるだけミスマッチがないよう配慮します。
労働者にストレスチェックの説明を行う
労働者へのストレスチェックの周知は非常に重要です。メンタルヘルスにあまり理解を示さない労働者も多いので、ストレスチェックの必要性や利点をしっかりと伝えていく必要があります。この過程をおざなりにしてしまうと、受検率が低下し、結局やる意味がなくなってしまうため、計画性を持って対応していくようにします。
周知方法が産業保健師の腕の見せ所
周知方法を電子メールにするのか、はたまたポスターにするのかは、企業のカラーによって異なります。その企業で働く労働者の特性合わせ、周知方法を決定する必要があります。産業保健師の打ち出し方1つで、受検率100%のところもあれば70%でとどまるところもあるため、ここは腕の見せどころでもあります。
上司や経営者へのアプローチが肝心
ストレスチェックの受検率を上げるためには、上司や経営者など、多くの部下をまとめる立場にある人達へのアプローチが肝心です。彼等が先陣を切ってストレスチェックを受けることで、部下も感化されるのはもちろんのこと、彼等の理解がなければ、その後の職場環境改善もスムーズに行えなくなってしまいます。
ストレスチェックの実施
ストレスチェックの実施方法については、外部に委託するのか、もしくは自社のリソースのみで行うのかによって異なります。規模が小さい事業所においては、産業保健師自らストレスチェックシートを用意し、規定の日時までに提出するよう労働者へ伝え、実施しています。
企業に合ったやり方を模索する必要がある
また、企業によっては紙媒体ではなくweb受検を行っているところもあります。web受検は、紙媒体で行うよりもコストが削減できるというメリットありますが、受検率が下がる企業もあるようなので、これも企業の特性に合ったやり方を取り入れていく必要があります。
ストレスチェックの結果を収集・分析
ストレスチェック終了後は、その結果を分析し、企業診断に利用します。また、できるだけ早い対応が必要な高ストレス者をピックアップします。
ストレスチェックを外注していない企業の場合は、この過程を全て産業医と産業保健師で行っていかなくてはなりません。
また、分析に関しては、web受検で行ったデータの方が集計しやすいという特徴があるようです。
結果を労働者に通知
ストレスチェックの診断結果は、労働者に通知されることになっています。また、その際に、本人が希望すれば産業医との面談が可能である旨を伝えます。高ストレス者からの自主的な申し出がなかった場合は、産業医と相談して、こちら側からアプローチしても良いものか、相談を行います。
必要があっても面談を受けたがらない労働者もいる
高ストレス者の中には、上司からの評価や周囲の目を気にして、頑なに面談を受けたがらない労働者もいます。多くの産業保健師は、こうした面談を拒否する労働者への対応に頭を悩ましており、彼等の自尊心が傷つけないよう、あの手この手を試しながら対応しているようです。
高ストレス者面談後も適宜フォロー
高ストレス者の面談が終わったあとは、産業医と相談しながら、継続してフォローを行っていきます。また、産業医との面談だけでは対応できないと判断された場合は、専門医へ繋いでいくのも大切な役割です。
先にも述べた通り、面談を受けにくる労働者は、自身の情報が周囲に漏れないか常に気にしていますので、産業保健師は彼等が安心できるよう、十分な配慮が求められます。
3.産業保健師にとってのストレスチェックのメリット
最後に、企業がストレスチェックを活用することで、産業保健師が得られるメリットについて解説していきます。
メリットは以下の通りです。
- メンタルヘルスケアの仕組みづくりのきっかけとなる
- 経営層が意識してメンタルヘルスに関わるようになる
- 個人個人のメンタルヘルスに対する意識が向上する
企業の労働者の健康を守る役割を担う産業保健師にとっても、企業全体においても、ストレスチェックはメリットだらけであることが分かります。上手く活用することができれば、産業保健師自身の負担軽減に繋げることもできるでしょう。
メンタルヘルスケアの仕組みづくりのきっかけとなる
ストレスチェックによって、メンタルヘルスケアの仕組みづくりが全くできていない多くの中堅・中小企業にも、そのきっかけをつくることができます。中堅・中小企業は、費用の問題や経営者の知識不足により、メンタルヘルスケアを無視しているところも少なくないのですが、ストレスチェックを実施すれば、否が応でも仕組みづくりのきっかけを作ることができます。
経営層が意識してメンタルヘルスに関わるようになる
ストレスチェックの実施は、必然的に経営層も関わることになります。そのため、今後彼等が意識して部下のメンタルヘルスに関わることが期待できるのです。場合によっては、経営層の方から積極的に産業保健師は相談を持ちかけてくれるようにもなるでしょう。
また、ストレスチェック後の高ストレス者面談だけではなく、産業保健師の活動には経営層の協力が欠かせません。これを機に経営層と接触する機会を増やしておくことは、今後の働きやすさにも良い影響が期待できるでしょう。
個人個人のメンタルヘルスに対する意識が向上する
ストレスチェックの最大のメリットは、労働者1人1人のメンタルヘルスに対する意識を向上が期待できることです。忙しさにかまけ、自身のメンタルヘルスが崩れていることに気付かず、結果的に大参事になってしまうケースは後を絶ちません。
結局のところ、いくら産業保健師が献身的にサポートしても、本人の意識が低いようでは元も子もありませんから、ストレスチェックによって一瞬でもメンタルヘルスに意識を向ける時間を作ることは非常に有意義なことです。
まとめ:産業保健師は誰よりもストレスチェックを理解する必要がある
産業保健師の中で、今一番話題とされているストレスチェックについて解説させていただきました。企業にいる労働者のストレスを軽減し、彼等が気持ちよく働けるサポートをすることが産業保健師の役割です。そのため、企業にいる誰よりも、産業保健師はストレスチェックについて理解を深めておかなければなりません。
現役の産業保健師の方には効率的に活用する上でのヒントとして、そしてこれから産業保健師を目指す方には実際の仕事内容を想像する手立てとして、役立ててみてください。
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2件のフィードバック
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